水曜日の午後十時きっかりに彼は来る。絶対に彼はチャイムも二回押すし、押した上で扉を叩いて、おーい、って声を張る。わたしは大理石の床を滑って転ばないように気をつけながら走って駆け寄っていそいそと扉を開けると、そこには顔が見えなくなるほどの大きなを荷物を抱え込んで立っている。
いつも一週間分の御飯を作る為の材料やわたしが欲しいといったものを彼の代わりに彼が持ってきてくれて、そして玄関先でジョーク交じりの面白い話、最近の彼の仕事やその様子を彼は飄々と話す。わたしはそのときが一週間で一番の楽しみであって、いつも待ちわびているのだ。

あるとき彼に質問された。

「籠の中の鳥になっていて辛くないのか?きっと俺だったら窮屈してさっさと逃げてしまうぞ、と」

とても彼らしいと思った。真っ赤に染め上げた髪を掻き揚げながら、自分の今の失言がどこかから漏れてないかを見回した。だがわたしはその失言をとても嬉しく感じる。

「辛くないといえば嘘になる、だけどわたしは彼から逃げられないの。逃げてもわたしじゃきっとすぐに捕まってしまうわ」

わたしは笑顔で答えた。
そう、もうわたしは諦めている。彼に気に入られて彼のおんなになった時点でもうどうすることもできない。圧倒的な権力と力の前には何人も逆らえないのだ。ある種運命だと思って受け入れているのかもしれない。
楽しくない代わりに何も不自由しない。外に出られない代わりにわたし専用の遊び場などを設けてくれる。
彼はわたしを愛しているのだ。

「じゃぁまたな、と」

手を振って去る彼をその場で見送る。どんどん遠くへ行き小さく見える彼の背中をぼんやりとずっと眺めている。いつまでもわたしは彼に小さく手を振り続けた。

〜♪〜♪〜♪

携帯の着信音とバイブが鳴った。慌てて玄関の鍵を閉め、ダイニングの机の上に置いてあったのを取り上げた。わたしの携帯は彼としか繋がらない。

「はい、もしもし」

『わたしだ』

「どうしました?」

『急な仕事で一週間は帰れない。いい子で待っていろ。それが終わったら会社を幾日か休むからたっぷりと可愛がってやる』

それだけ言うとぶつりと電話が切れた。いつもいつも一方的だ。だがしかし、わたしは黙ってその指示に従う。従わないと彼にお仕置きされてしまうから。だけど毎日毎日が退屈なのだ、赤毛の彼の言う通りに出来たらどんなに素敵なことだろう。籠の中の鳥とはごもっともな意見だ。

一生こうして過ごすのだろうか?

*

わたしは一週間という時間をだらだらと過ごした。買ってきてもらった雑誌を読んでみたり、広いベランダに出てまどろんでみたり。過ごし方はばらばらだったけれども、わたしは決まってベランダ手摺りの下の世界を臨んで眺めた、何時間も何時間も。そこのの下の外界には沢山の人々が住んでいる、昔はわたしもそちら側にいたものだった。懐かしいものだ、人とは本当にこんなにいるものなのだろうかと錯覚してしまう。あの賑やかな世界に―――――――
わたしはいつもここで考えることをかき消した。

チャイムが二度鳴り、扉がどんどん、と叩かれた。時刻を見ると午後の十時。一週間を過ごしきったんだと思った。今日はどんな話が聞けるのだろう。わたしは飛び跳ねるように玄関に走る。

「どうもこんばんわだぞ、と」

いつも通り彼がそこには立っていた。が、しかし今回は何も大きな荷物を持っていなかったし、黒い着崩したスーツでもない。カジュアルな格好をした彼の片手には二つのヘルメットがあった。

「さぁ小鳥ちゃん、あと五分で一番温かい格好をして俺のところへ来なさい、ここで待っているから。荷物は何もいらない、金なら社長には及ばずとも沢山ある」

わたしはその場で彼に飛びつくように抱きついた。彼は小さく一つキスを落とし、早くしろと言わんばかりに手をひらひらとさせた。

*

わたしが玄関から出た瞬間に、けたたましいほどの警報音が鳴り響き部屋中の明かりという明かりが鈍い赤色に光点滅した。彼はわたしの手を引っ張り、わたしは彼と一緒にたくましいくらいの走りを見せた。
彼のバイクの止めてあるところまで行くと、ヘルメットを被せてもらってそれを跨ぎ彼の腰にしがみ付いた。轟音のようなエンジンを鳴り響かせて走り去った。
初めは凄く怖かったが段々慣れてきて、ギュッと瞑っていた瞼を開くとそこにはキラキラとネオンが光るミッドガルの町が間近にあった。ハイウェイに乗り上げたときには、わたしを幽閉していた神羅の大きなビルの全貌が目に映った。わたしを探す為の沢山のヘリが宙を飛んでいる。

、余所見するなよ、と」

彼は更に加速をして町を抜けた。わたしはヘルメットの中で涙が止まらなかった。何度も嗚咽を繰り返しかがエンジンの音に掻き消された。彼は気づいているだろう、わたしは震えていたから。


わたしはあの賑やかな世界に―――――――

                             

                           ――――もう一度、立ってみたい。


籠は壊れ翼は折れた。でもいまならベランダの先から飛べるだろう。わたしはひとりの人になったのだ。飛べないわたしが落下したところで、ちゃんと受け止めてくれる人が現れたから。