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話が終わったあと、主任からの軽い説教がまっていた。来るのが遅い、と言われたけれども、ちゃんと集合時間ぴったりに行ったはずだ。単にルードや新人さんが来るのが早かっただけではないか、と反論しとうかと思ったけど、そのあとまたぐちぐち言われるのが面倒なのでやめておいた。
それよりも、俺はさっきいた新人のことが気になった。髪を上げていたが、間違いなく朝会った彼女だ。マスクはしていなかったけれども、背丈や雰囲気から間違いないはず。俺の思った通りの端正な顔立ちをしていた。彼女のことを聞きたかった。
「何をぼおっとしているんだ?」
はっとして主任のほうに目を向けるとさっきより目が釣りあがっていた、まるで鬼のようだ。説教を真面目に聞いていなかった俺が大分不服だったようで、もう少し説教が長引きそうなことが察せられた。主任と机を挟んで対峙していてもこの威圧感、本当にこの人は凄い人だ、ある意味で。首や額から血管が浮き出ていそうだ。
「あっ、すいません、ちょっと考え事をしていて・・・、ところで主任さっきの彼女は?」
一瞬驚いたに目を見開き、明らかに怪訝な顔、というか呆れかえった顔をされた。そして主任は溜息を一つ落として言った。
「お前・・・仕事を任せた後輩の名前もしらないのか?」
「仕事?」
「今日の朝までのお前の書類だ。彼女が朝出していたぞ」
「・・・?あれ自分の机に置いたはず・・・置く机を間違えたのか・・・?」
「お前最低だな・・・・、・・・もういい」
怒る気も今ので萎えたようで、もうさがれ、と言わんばかりに手で掃く動作をされた。俺は軽く一礼すると、へらへらと扉に向かって歩きだす。彼女の名前をまだ聞いていないが、聞く必要なんてない。主任の性格なんて、勤めているうちになんとなくわかっている。冷えた黄金色のノブに手を掛ける、ゆっくりと扉を開いた。ひんやりとした空気とともに、廊下の隅などに溜まっていたのであろう埃が舞い上がったような香りがした。
「・・・・・・・彼女の名前は、だ」
去り際の背中から独り言のようにぼそっと呟くような声。だが俺にはそれがはっきりと聞こえた。口元がゆっくりと上がった。
なんだかんだ言ってちゃんと質問に答えてくれる、それが主任だ。
「ありがと、だぞ、と」
置き台詞とともにドアが閉まる音がした。本当にドアが閉まったかは背中越しだったからわからないけれども、主任に今の言葉が届いている、ということだけは確信できた。