主任の待つ統括室がすぐ目の前にある。これから任務なのでマスクをゆっくりと外した。続いて、スーツのポケットからヘアゴムを取り出しかっちりと髪の毛を括って前髪をピンで止めた。わたしの任務前の儀式のようなもの。これから仕事だという気持ちに切り替わるし、髪が視界に入らないから邪魔にならない。括るときに若干まだ髪が湿っていて冷たく、なんとなく感触が気持ち悪かった。髪や服の乱れを軽く直してきちんとしているか確認し、ドアノブに手を掛けた。ここの扉は仮眠室などのちゃっちい安っぽいものではなく木製のしっかりした作りになっている。開けた瞬間に木で出来たもの特有の渋い音が廊下と統括室に響いた。
扉の向こうには、ワインレッドの絨毯が床一面に広がっている。部屋の真ん中に重そうな机が一つだけある。主任であるツォンさんはその机のすぐ後ろにある窓から遥か遠くを眺めていた。部屋に掛かっている時計を見ると八時二十分で、集合の十分前であった。わたしの他にはスキンヘッドに黒いサングラスを掛けたルードさんが立っていて、地面に根を張るように立っていた。ルードさんがいるということは今日の任務はわたし一人ではなくルードさんと一緒になるのだろう。ルードさんがいるとなると相方のレノさんもいるに違いない。人と一緒になる任務は特別なわけではないが、大抵は同期の人達であって先輩と一緒になるのは初めてだ。
壁の掛け時計のかちかちという音だけが写真のように動かないこの部屋に、確かに時間は経っているんだよ、と知らせてくれているような気がした。時折、誰のかわからない呼吸音が聞こえているようにも思えたけど、実はそれは観賞用にかインテリアにかに飾られている植物のものかもしれない。時計の針だけが動く。

「すいませーん、仮眠室で寝てたんだぞ、と」

垢抜けた声と共に扉が開くと、まず赤く染め上げられた髪の毛が目に映ってきた。重圧感溢れる絨毯の赤とは正反対な赤色に思える。レノさんがあまりにいきなり入ってきたので少し体がビクついてしまった、驚かされたのは今日の朝からの時点で二度目である。
時計の長針が縦に百八十度。丁度八時半。集合時刻だ。
主任はちらりとそれを確認すると、今まで動かなかった魔法を解いてこちらを向いた。どっしりと据えた瞳が部屋全体を見回し、三人揃ったことを確認して口を開く。

「アバランチの基地の一部であろう場所の所在がつかめた。三人でそこの調査に行ってもらう。これはあくまで調査だが、もしばれた場合は戦闘もやもおえん、覚悟することだ」

「そして、お前には今回負傷したイリーナの代行として行って貰う。普段あまりこういう任務にまわったことは無いが、期待しているぞ。以上」

はい、という歯切れの良い声が揃って響いた。時間は集合時間から五分しか過ぎてなかった。移動はぎりぎりまでヘリで行き、その中でまた詳しい説明がされるらしい。わたしの心中は、主任の話を聞いているうちにどんどんと曇ってゆくような不安に覆われていった。眉間に皺が寄ってしまいそうになったのがわかった。
出発の準備をするときに、一応精神安定の頓服薬を医療部から貰っていくことにした。手が微かに、震えていた。