階段を駆け上がった。音を立てないよう気を使いながら、迅速に。階段は学校などでよく見かける半分上がったところで小さな踊場があり、更に半分上がる、というものであった。踊場の壁には一メートルはあると思われる絵が飾られており、多分以前ここに住んでいただろう家族の肖像画が油絵で描かれていた。大きめの縁の厚い黒い眼鏡にふくよかな体の優しそうな父親、長い髪を結い上げ、切れ長の美しい目をした母親、父親の鼻と母親の目をしっかりと継いだ娘、十代の前半に見える。車椅子に乗った祖父らしき人と、その隣で微笑む華奢な祖母だろうか。それと目まで隠れるほどの毛の長い大型犬。幸せそうに微笑んでいる。彼らは皆随分と昔に流行していた服を着ていたので、アバランチがここを拠点とするよりも前に住んでいた人たちに違いないだろう。木製の額縁に輝く金であしらわれた花の絵が映えてとても様になっていた。
躊躇無くそれを過ぎ三階にあがった。階段の先の廊下に設置された監視カメラの死角を縫うように移動して、壁についた。只でさえ埃臭いのに、壁はそれを吸い込んでいて危うくくしゃみをしてしまいそうになった。そんなむずむずする鼻を堪えて、角から廊下の様子を窺った。アバランチらしき姿どころか誰もいない。
静まり返っている。
「部屋を一つ一つ見ていきますか……、と」
扉が開き、また閉じる。同じ音が一定のリズムで繰り返される。
大体の部屋を回ってみたが、全てスカだった。どこも無人で、埃や蜘蛛の巣だらけだ。いた形跡すらも見当たらないところだ。
今更ながら、の割り当てを屋敷外にしておいて良かったと思う。こんなところをハウスダストの彼女に任せたら、アレルギーどころではなかっただろう。ルードについてはあいつなら大丈夫だろうと信頼しているが、もしかしたら同じように何も見つけられず舌打ちをしているところかもしれない。
最後の扉を開き、内部を探した。電灯すらついていないその部屋は、開けた瞬間に廊下の光が入り、鈍く当たりを照らした。なんの変哲もない、ただの部屋。書斎なのか壁一面に本棚が行き渡り、びっちりと本が並んでいる、どれも難しそうな分厚い本ばかりだ。
「バイオテクノロジー系の本だな、と」
一冊抜き取ってぱらぱら捲ってみたが、専門用語ばかりで意味が全くわからなかった。
元の位置に戻し、再び何かないか探すが、あるのは沢山の本と向かって左奥隅にある簡素な机とそれ用の椅子のみ。机の上には、スタンドと写真立てが置いてあったが、特別怪しいところもなくため息をつくこととなった。