星が降っているような空だった。蝉はまだ泣いてない生ぬるい夜。
Ｔシャツにパーカーを羽織りサンダルをつっかけ、勢いよく玄関を飛び出す。短い針が七の方向を指していた。ママは仕事で今夜は遅くなる、と制服姿で家に帰ると置手紙があった。好都合だと口を結ぶ。
高ぶる気持ちに比例するように軽やかに速くなるステップを携え、家の通りを抜けた。夕飯のおかずをまだ用意していなかったらしい主婦が、慌ただしく焼き鳥屋に駆け込んでいた。のどを通り鼻からメロディーを口ずさんで、目の前を過ぎてあげた。主婦の額には、少し早い夏の汗が浮かんでいた。
焼き鳥屋を超え、古びたアパートの前をスキップし、交差点の前のお地蔵様を横切った。公園に着く。幼い子供たちは、赤紫の宙を舞ったカラスの影と共に既に岐路についていた。方丈の砂場には、砂のお城と赤いスコップが突き刺さり忘れられて静寂を保っている。明かりの燈った時計には、蛾が数匹群がっていた。
短い針が少しずれ、長い針が九十度を作る。約束の時間には十分早く着いた。
風に揺れるブランコがきぃきぃと音を立てていた。乗るとまたきぃと鳴った。六十七回漕いだ。
ゆっくりと人影が此処に着いた。


「お待たせ、待ったか？」

「うん、ちょびっとね」


ブランコは降りてからも暫く揺れていた。
時計に群がる蛾は一匹になっていた。


「急に呼び出して悪かったな、デートしたくなった。親は平気か？」

「平気じゃなかったら此処に来てないわよ。仕事で遅くなるって。多分十時過ぎ帰ってくるだろうね」


花火が弾けたようなような絵のプリントされたタンクトップに品のいい黒のシャツ、それと綺麗な足のラインを損なわないような深緑色の細身のパンツ。そういえば彼の母は有名なデザイナーだ。センスがいい。整ったその顔立ちは、遠くからも人目につく。天は二物も三物も与えるとその時思った。
ゆっくりと彼は手を伸ばし頬を撫でてくれた、魔法にかかったようにそこは熱を帯びる。合図のように目を瞑った。
唇に触れるだけの、優しいキッス。
手を繋いで公園に背中を向ける。サラサラとした彼の手の温もりは心地よい。
一歩、一歩と前に進む。最近のデートは、くねくねと町内の知らない道を徘徊して、新しい風景を探すことだ。


「あっ、馨、紫陽花が沢山咲いているよ」

「本当だ、こんな場所あったんだな」

「それを探す為にデートしているんでしょう？」

「も一丁前に言うなぁ」

「何さ、その言い方〜」


このデートはすぐに飽きるかもしれない。飽きたら飽きたでそれでいいのだ。そうしたら、新しいことを二人で始めよう。一瞬一瞬を構築するのだ。
永遠なんて、存在しない。今この時が全てばらばらな違う意義を担っている。それらは大切な物で、一つ一つが思い出として心に積み重なっていく、染み渡っていく。私は私であなたはあなた、唯一無二で同じものなど存在しない。
愛し合う、という刹那と、この生ぬるい初夏の温度を共有しよう。