満月を見た。おっきくて真ん丸なやつを。雲なんて一つもなくて、星とかがキラキラ光っているわけじゃなくて、ただ満月がすぐ前にぽっかりとあった。手を伸ばしてみたら届きそうな気がして伸ばしてみたけど、当たり前のように全く届かなくて。それはアイツの漕ぐ自転車の後ろに乗せてもらっていたときのことだった。
丁度緩やかな坂道を下っているところで、風が頬を優しく撫でてくれてくれる。辺りに広がる住宅街は寝静まって窓から明かりがこぼれているところなんて何処にもなかった。私たちだけが生きているようにも思えてしまう。寂しいような風景だが何故かそれは愛しく思えて、瞼を閉じることさえもったいない気がした。だからめいいっぱい目を見開いてみたんだけど、目が乾いてぱさぱさして痛くなってしまい十秒が限界だった。(へぼい記録だ)
私がそんな記録に挑んでいるなか、目の前のアイツは悠々と自転車を漕いでいる。ムカついたのでその細い腰にギュッと抱きついてみたら、どくんどくんと温かい鼓動が打つ音が聞こえた。


「どうしたんでぃ?、

「ん、別になんでもないよ、総悟」

「そういう割には、いつもよりえらく大人しいじゃねぇか」

「乙女なんですよ」


少しずつ加速してゆく自転車、満月に突っ込んでいくみたいだ。哀しそうで優しいその金色の姿を見ていると、胸がきゅーっとするんだ。私は抱きしめていた腕に、更に力を込める。アイツは何も言わずにその行為を赦してくれていた。ぽっかりと空に浮かぶ金に、目の前の風になびいている金、重なって見えた。
私ね、思うんだ。なんで今日はいつもより大人しくて、それでもって胸がきゅーっとなるかっていうとね、今抱きしめているコイツとぽっかりと浮かぶ満月がきっと同じに見えるからなんだ。いつも私の目の前で優しそうに笑って、それでもってどこか哀しそうに、寂しそうに影を作っていて、届きそうで当たり前のように届かなくって。今は満月だけど満ち欠けして、私の前から見えなくなってしまうんじゃないかと嫌でも考えさせられてしまう。
眺めている目が少し熱くなって、満月がぼやけて霞んでしまった。

 

私の手満月

届いているのだろうか