普段吸いなれない煙草をふかしてみる、苦手なアルコールも瓶のまま一気に飲んだ。咽が焼けるように熱い、思わず咽て幾分か咳きと共に吐き出されてしまう。お気に入りのピンクのサテンのドレスはぐちゃぐちゃになった。シミになってしまうのかな、クリーニングに出さないと洗えないものだから綺麗にするのに値が張るのだろうな。そう思いながら海岸線の彼方を見た。
夜中の、真冬のビーチに人などおらず、暗い海の空の境界線などわからないくらいであった。まるで真っ黒なブラックホールが口を開けているようだった。わたしの座る岩場には荒々しく波が打ち上げられ、跳ね上がった水滴が足先にかかるととても冷たかった。焦点の合わない瞳からの視界は絶えずぼぉっとしている。
少し短くなった煙草だけが暗闇の中で赤く光を点し、吸い上げる度に咳き込んだ。そして愛しく狂わしい香りが四肢を取り巻き包み込んだ。涙が滲みそうになる、そして思い出させる。この香りだけが唯一、今、わたしと彼とを繋いでくれている気がする。日を増していくほど、彼との関わりが一つ一つ、いやそれ以上に、音もなく消えていく。残酷なものだ、あの日以来わたしは彼とのモノを失くさないように必死に懐古だけを繰り返し続けたというのに。
綺麗に赤いハイヒールを脱いで、岩場の隅に置いた。履きすぎたせいで、あちらこちら赤い革にはシワや傷がついており、ヒールの底は何度靴屋で継ぎ足してもらったかも覚えていない。


「全部、終わり」


自分自身に言い聞かせるように、独り言のように、どこかへ囁くように、ため息のように言った。もう一度アルコールを口に含むとじんわりと涙が浮かんだ。片足を海に浸けると凍えてしまいそうな冷たさで、打ち上げられた飛沫の比ではなっかた。 少し体がびくついた。もしかしたら酔って体が火照っているせいかもしれない。もう片足もゆっくり浸けて、膝辺りまで沈めた。海は、早く来い、というようにわたしにざぶざぶと体当たりをする。マッテスグニイクカラ。
目を瞑り静かに身を投げた。
音を立て暗い水はわたしの体を包み込む。沢山の酸素がこぽこぽと口から零れ落ち、代わりに液体が流れ込んだ。急に冷たいところに入ったからか、はたまたアルコールのせいなのか、麻痺した頭じゃうまく考えられないけれども、もがくことすら出来なかった。海水はとてもしょっぱかった。段々と苦しくなってきて、目を見開いてみるもそこは真っ暗で黒しかなかった。ゆらゆらと底へ底へ、それとも遠くに流されているのだろうか、目を開いているのか閉じているのか、意識が薄れているのかいないのか、何もわからない。
不思議な睡魔が襲ってきた、全てを悟ったように身を委ねた。