「そんなもの破り捨ててしまえばよいだろう」
「いえ、しかし国際社会が重んじられる今、そのような行為はあまり頂けないかと思いますが」
バッシュはその回答に唸り声を上げた。
ことの発端はつい先日、英国からの速達便が届いたことである。他国からの便りは別段珍しいことではないのだが、今回は送られてきた内容が問題であった。
「国際化、国際化、最近はそればかり聞く。世界で一つの国にでもなるつもりか。兎に角我が輩は認めん」
手の指を丁度尻あたりで組み絡ませ、部屋の中央から朝日のよく当たる窓際へとゆったりと歩み寄った。吸い込まれるように降り注ぐ光に取り込まれ、淡い金糸のような髪がきらきらと反射する。がしかし、刻まれたように眉間によった谷だけが妙に不釣り合いで、あと少しの微笑みを加えてくれればいいと思われた。
地団太するように右足で床の赤い絨毯をぐりぐりと踏みつけた。彼は行き詰まるとつい行ってしまう癖だ。
「この話は終わりだ、我が輩は武器倉庫に行ってくる」
何に当たればいいのかわからない苛立ちを吐き捨てるように言葉を残し、勢いよく扉を叩きつけ廊下へと飛び出した。
取り残された部下は部屋に居続けることも出ることも阻まれるような空気にあたふたとすることしか出来ず、ただただバッシュの去ったその方向だけをぼんやりと眺めた。
永世中立国、スイス。それがわたしの名前。長年それが正しいと思い貫き通した道だが、今世界は物凄い速さで目まぐるしく変わってゆく。つい先ほどまで、自身の利益のために戦争を繰り返し、互いに資源を奪い合い、裏切ったり裏切られたり、そんな世の中であった。
「今までの歴史の上で手を取り合うだと?
……貫くことは我が輩のプライドだ」
飛び出した廊下は窓が無かったためにひんやりとしていた。
熱くなった頬には丁度良い。
いつもより大股で床を踏みしめた足は強靭であった。手先はうやむやと握り拳を作っては離し、の繰り返し。時折、髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で付けた。だが彼はそれを気付かずにいた、それはそうとうな動揺の証拠であった。
いつも以上に足早な彼は、磨きあげられた白壁の続く廊下を過ぎていく。飾られた絵画の風景が様々に移りゆく。
そして、足音が止まった。彼の視線は一点で結ばれ、薄暗い石畳のどこかを見つめる。
地下室へ繋がる螺旋状の階段を一段飛ばしで進んでいった。
断然に暗いその空間には、ポツリポツリと一定感覚で蝋燭の灯火が鈍く照らついた。上から降りてきて蝋燭は五番目の蝋燭は殆ど溶けかけていた。倉庫の鍵の施錠をゆっくりと外し、赤錆色の扉の中へと包まれていった。