もんもんとした空気が漂う。夕立がつい先程まで強い勢いで降っていたせいだ。湿度のせいでそこにいるだけで汗ばむ肌が、妙に夏を感じる。陽射しが強い、空が青い、雲が白い、アスファルトの道が熱を帯びて空気を歪ませている。右脇のお店の、青地の布に赤色で“氷”と書かれた暖簾が風が吹く度なふわりと身を翻してわたしを誘惑する。蝉のうるさくも儚い音。何十年経とうとも何も変わらないその穏やかな日常。わたしの愛すべき日常。
「お菊さ〜ん」
庭の垣根越しに見えたのは、郵便屋の銀次だった。彼ともまた長い付き合いだ。汗ばんだワイシャツの首もとを開け、腕まで捲し上げ額から落ちる水滴を拭いながら大きく手を振っている。少しばかり疲れきった姿の真っ黒い彼に微笑み、すぐに冷えた麦茶の準備をした。
縁側にお盆を置き、それを挟むようにして二人で掛ける。クーラーというものはどうも苦手なので、特別な方が来たとき以外は扇風機を回す。それを縁側の近くにやれば、時折に当たる風を楽しめる。クーラーと比べれば少しばかり暑いが、やはりそちらの方がのんびりと季節を感じれる気がするからだ。
「いやぁ、毎度毎度すいませんねぇ。でもやっぱりお菊さんとこの麦茶は本当に美味しいですわ」
「こんなもので喜んで頂けるなら幾らでも支度しますよ」
「ははは、相変わらずお菊さんは心が広い。今時郵便屋もてなしてくれるのも此処ぐらいなもんでっせ」
焼けた肌に幾重にも重なるシミでいっぱいの腕、深爪したその指。麦茶の入ったコップを握る手は哀愁を帯びていて少しずつ変わる時代の流れを感じた。わたしは何も言い出せなくて黙って麦茶を啜ると、風鈴が一言代弁してくれた。
何だか言葉が詰まったような空気であり、その間を切り返すように別のことを吐き出した。
「あっ、銀次さん。そういえばわたし宛ての手紙か何かありましたか?」
銀次さんは麦茶を口に含んでいて話せなかったので、変わりに目をこれでもかと言わんばかりに大きく見開いて何度か頷き慌てるように空になったコップをお盆においた。庭と玄関の境目辺りに止めた色の剥げたスクーターにおめおめと近づくと、スクーターの後ろに付いている朱塗りのボックスから厚く膨らんだ大学ノートぐらいある封書を取り出した。
「え―っ、エ…ゲぇ…レスって人からですなぁ。全部英語だから外国の方からですかぁ?」
銀次から手渡されたそれは、国際便、イギリスさんからであった。それにしてもやけに重い、何が入っているのだろうか。
びりびりとそれの口を開き、中の資料を広げてみた。それらは全て英語の活字で表記してあり、一瞬ぱっと見ただけでは内容がよくわからなかったが、太字で書かれたタイトルらしきところが目に入った。
「ヘタリア…インターナショナル…ユニバーシティ……」
「ユニバーシティ?」
「大学……ですねぇ」
そう、今思えばこれが全ての始まりだったのだ。全ての―――――――