内臓を抉られたような気分だった。もちろんこれは例えだ。例えの話。
両親や友達、学校の先生も近所のおじさんやおばさんも一人一人弄ぶように殺された。深い深い絶望へ誘うように。アスファルトは赤色に染まり、それを吸収できないために排水溝へトロトロと秒速で進む。沢山の人の血が混ざりすぎてわからない。己の体を見ても返り血で真っ赤だった。もしかしたら自分から溢れているのかとも思ったけれども、彼が目の前にいてまだ振りかざしていないからまだ傷をつけられていないのだと思う。
あなたの言っていたヒーローとは名ばかりで実際にはこんなにも呆気ないものなのだな、と思った。絶対に守るなんて嘘じゃない、約束と違うじゃない。彼のしていることは、真逆のことだった。
幼いわたしは何もすることが出来ない。

「さぁ、迎えにきたよ」

「っ……ぅ……」

「俺の花嫁さん」

血糊がべっとりとついた顔で、にこやかで無垢できらきらとして微笑む。大きな剣を持って、一歩、また一歩と距離を近付けてくる。これが、大国の、力。
へたりと腰が砕けて呆然としている、まるで人形のように。彼が両肩を掴み軽く押し倒すと脆く崩れて組み敷かれた。酷く鉄分が香る。押し倒されたせいで水たまりみたいになっている血がびしゃりと顔にまでかかる。多分全身赤いのだろう。
彼はマナーや礼儀なんて心得ていない、だって海賊なのだから。こんなに利己的で自分勝手で野蛮な戦争をするなんて。気に入った女は口説くのではなく奪う。彼の持論。でもまだまだ無知な少女で。
荒々しく獣みたいにキスをされた、こんな人形みたいになったモノを手に入れて嬉しいのだろうか。客観的に見ているように、酷く冷静な気分だった。

「何だよ、抵抗もしねーのかよ。期待してたのによ」

そういって彼はまたキスをする。酸素を与えてくれないせいで意識が遠退きそうになる。
あなただってわかっているはず、こんな方法虚しいだけだって。顔は嬉しそうに笑っていたけれども、瞳は悲しそうにしていて、いつでもそこからこぼれ落ちそうだった。もがいてももがいても欲しいモノ手に入らず、自分を追い込んでいく。こんな子供に言われるのも嫌だろうけど、可哀想な人。
そのときお腹に激痛を覚えた。痛くて痛くて涙が出て、はっと我に返った気がした。押し込められていた恐怖感がわなわな這い出てくる。

「いっ……痛い!!痛い!!いやぁぁぁ!!」

「はははっ、やっと俺を見てくれた。好きだ、好きだ、好きだ!!」

優しかった彼はどこにいるのだろう、きっとどこかにいるのだ。今は少し荒れているだけ。また少したったら優しいあなたに戻ってくれるはず、違ってもそうと信じたい。でも今わたしの周りに広がる光景、それが事実。

―――――ああ、イエス=キリスト様。ここには迷える子羊達がいます。わたしはきっとずっと先の未来まで彼を憎んでしまう、愛で包み込めるほどの寛大な心を持てないだろう。あなたは頬を叩かれたらもう片方の頬を叩かせなさいと言うけれども、どうせればわたしは今味わったトラウマを癒せるのでしょうか。そして彼はずっと未来の先まで背負いきれないであろう贖罪の十字架を科せられてしまったのです。わたしがずっと恋い焦がれていたアーサーは苦しんでいるのです。

目が覚めたら事態は変わる、そう夢をみて意識を手放した。