気がつけば裸同士で、アーサーの胸の内にいた。白いベッドの上に横たわり、シーツのような薄い布団一枚で全てが隠されている。窓を見つめればあんなに青々としていた天は、今や薄暗い日の落ちた部屋と同化してどこが境目だかわからない。ひょうひょうと涼しい風が吹く度にレースのカーテンが翻り、左手の指に燃える煙草の赤い火が鈍く強く光る。彼は一本を吸い終わる前にぐしぐしとベッドサイドにある棚の、銀色の灰皿にそれを擦りつけた。軽く噎せかえる、やはり煙草など似合っていない。格好付けてわざわざ苦手な煙草を友人の目の前で吸ってみせている不良の中学生みたいだ。そんな風にわたしには映る。御伽噺の中にいるかのように飾られた可愛らしい夢のような部屋は、こんな汚れた行為をここで行われ、怒っているだろうか。それは≒で少女の見る憧れ。まだ早い背伸びした行為。過敏に揺れ動く心。それでも大人になりたいのになりきれない。そんなことがうまく合致しているのだと思う。
アーサーと目が合うと、どこか泣いてしまいそうなその眼があった。ただ彼は泣かない、泣くことすら許されない。

「………また俺はお前に酷いことをした」

頭をがしがしと掻き毟りながらわたしにくるりと背をむけた。きっと今の彼は臆病な子犬と同じ。きっと胸の内では神に懺悔し、罪悪感にその継ぎ接ぎだらけの誇り高き胸を潰されそうなのだろう。

「気にしていない、とは言えないけれども大丈夫。なんだか大人になったみたい」

疲れて吐き出される溜め息は拳をつくりアーサーを殴り続ける。繊細な彼がそれを聞き逃さない筈が無い。四方八方を飛び散るそれを丁寧に当たるように受け、自分の胸に刻んでいく。
とても不幸な人だと思う。こんなにも贖罪に苦しみ続け、わたしのように壊れることすら出来ない。

「アーサー、水を飲んでくるね」

「……ああ」

シーツから出た小さい体は、痩せていても一応きちんと女性の丸みを帯びたものであって、夢ばかりみていた少女のころとは若干違っていて、それはわたしも年をとったのだということを背理的に証明した。
この部屋は、夢を見過ぎているわたし達には少し窮屈かもしれない。

「ねぇ、アーサー」

「……なんだ」

「好きだよ」

空気が一瞬しゅんとしてざわざわと騒ぎ立て始めた。背中に目があればアーサーの大きな瞳が更に大きく見開かれまた悲しそうに細めるのが見れたことだろう。
わたしの彼への甘い言葉は強ければ強いほど彼の胸をぎちぎちと締め上げる。でも多分この言葉はあながち嘘ではないとは思う。でもわたし達はそれを確かめれば確かめるほど相手を、わたし自信を、鋭い痛みで噛みちぎって涙を零す。初めてすれ違ってしまったその日から、レールの溝は意外と大きく、零れたそれが海になり海溝となってしまう。自らで自らを皮肉っているようだ。
扉を開けると、古臭い別世界の空間が広がる。わたしの部屋だけだろう、こんなに幼いのは。そう思いながら足を踏み出した。

皮肉ばかり言う人は、追放だよ。

甘い空間から飛び出た瞬間に、少女時代からのアンティーク達から言われた気がした。