様々な形をしたパズルピースが目まぐるしくくっついては離れることを繰り返し、がちゃがちゃと音を立てながら各々が嵌る正しい位置を探していた。
独立――それは一番恐れ忌み嫌った言葉。彼女にだけは絶対に知って欲しくなくて、勉強で世界史を教えるときもあえて独立にいたる抗争や戦争の話を避けてきた。それが、目の前で大きな落下音と共に、何かが呆気なく崩れて消えていく気がした。彼女は今この手元ではなく、アメリカの胸にいる。いつも自分だけに与えられていた特権、そう思っていたことをいとも簡単にやってのける。いつも俺の手元にあったものは風のように一瞬で過ぎ去ってしまい、結局残るのはただ一人になってしまう。彼女も結局はそうなのだろうか。
アメリカから放たれた言葉がぐちゃぐちゃと脳を掻き乱したせいで暫くぼおっとしていた。それは反響し、ただ何も反応できずに突っ立っていた。気付けば先程まで泣いていなかったが俺をみながらボロボロと涙を落とし、泣いている。泣かせたのはどこのどいつだ、ぶちのめして土下座させてやる、そう思ったら彼女を泣かせた要因は俺なんだと感じた。俺は今どんな顔をしているんだ、あの日から、彼女が悲しそうな顔をする涙は流させないと決めたのに。
背中をさすってやろうと手を伸ばそうとしたが、その視界には、一生懸命に彼女を抱きしめ、既に背をさするアメリカの姿があった。居場所なんてない、頭の中で俺は呟いた。アメリカもちらちらと彼女を宥める合間に俺を見やる。何見ていやがるんだ。
がんを飛ばそうとしたら、勢いよくどろっとした何かが右目に被さった。視界にフィルムがかけられたみたいに急に赤く染まる。

あれ、俺は、何をした。

会議室を見渡すとみんな揃い揃って俺を見ていて、目が合うと罰が悪そうに目を反らす。
右手には欠けたティーカップが握られていて、それには赤黒い血がべっとりとついてしまった。無意識に誰かを、アメリカを、を、殴って傷付けてしまったのか。だが辺りを確認しても誰も彼もがぴんぴんとしていて、まだ誰かを傷付けていないことがわかった。
よかった。そう落ち着いてため息を吐こうとすると息があがっていて、視界を赤く染めたそれがぼとりと顎の先から落ちた。衣服がびしゃびしゃに濡れていて、俺が前に会議室でみんなで飲もうと持ってきた温かい紅茶の香りと、思い出したくもない懐かしい鉄分の香りがした。
恐る恐る左手で額に手を寄せて触れると、そこには案の定燃えるような痛みがあった。

これは、俺の、血。

自分の手で、自分自身に、傷を、つけた。
なんと幼く格好悪いことをしているのだろう、これはまるで駄々をこねる幼稚園児と相違ない。恥ずかしさと、惨めさが体の芯を貫く。座り込むことも、泣き叫ぶことも、怒鳴りつけることも出来なかった。ただ立ち尽くし、呼吸を荒げることさえも。突き刺さるような視線が凍てつく。
かっとなってやってしまったか、手放したくなくてやってしまったかの所行。どうすればいいのかわからない。ただ、ぽたぽたと滴るそれが時間は動いていると言うことをひたすらに促す。

「………っ……」

俺は蹴るように会議室の扉を開けてつかつかときびすを返した。出来るだけ意識を持って。これが格好悪い中での唯一の威厳をはるましな方法であった。遅刻ぎりぎりで登場して、最初に席を立った。自分で自嘲するしかないだろう。
どうか、そのまま、俺がいないまま会議を続けてくれ。俯きながらそう思った。