目が霞む、ぼんやりと情景が映る。そこは見覚えのない部屋だ。赤、青、壁などが妙に派手な色使いだ、悪趣味。むくりと起き上がるとそこはキングサイズのソファーの上であった。汗をかいていたのか肌が少々べたついている。着ていたはずのロングコートはハンガーに掛かってぶら下がっており、胸元が大きくはだけたワイシャツ一枚の姿であった。驚いて胸元を隠したが、そこには誰もいなかった。が、しかし誰もいないと知っていてもほんのりと頬が紅潮する。知らない部屋で、こんな恰好で、破廉恥な。どこぞの変態農業大国ではないか。左胸をみると、どす黒いハートの形をした痣がどくどくと鼓動を打ち今にも飛び出してきそうであった。ああ、気持ち悪い、胸元のボタンをせっせととめた。
どことなくお腹がすいて辺りを見回すが、あるのはガラクタの玩具みたいなくだらない物ばかりで食べ物がありそうもない。首を軽く動かし見ただけでも、それに連動するかのように体の節々が痛み、顔をしかめた。

「あっ、ロシア!!よかった」

女の声、聞いたことがある。ソファーと対角線にある白い扉がいきなり開いたと思えば、女が一人入ってきた。段々と焦点のピントが絞られる。それは顔色の青いだった。ただ僕の意識は何故かの抱えた盥にたぷたぷに入った水に向かった、ゆらゆらと今にもこぼれそう。
見ていたらそれは段々と近づいてきて、ちゃぷちゃぷの中から白いタオルが絞られて額に当てられた。冷たい感覚が額から顔へと広がって蝕んでいく。

「ほら、ちゃんと寝て」

半ば強制的に起こした体を再び寝かしつけられる。こんな事をしてもらうということは、どうやら僕は具合が悪いのだろうか。けれ
どもその行為は人の温かみを感じとても心地よい。

、顔色悪いよ?」

「もぉ!誰が悪くさせたのよ」

「へ?」

「あなた倒れたのよ、アメリカの庭で」

それは全くに覚えが無かった。表情に出たのかは倒れるまでの大まかな経緯を教えてくれた。そしてそれでもってやっとここはアメリカの家なのだと脳みそで噛み砕けた。通りでこんなに部屋の趣味が悪いはずだ、そんな売り文句を言う余裕をすら今はなかった。それほどまでに衰弱して弱っているのだど自分でも理解できた。

「まあ、なんかよかった、意識戻って。じゃぁわたしアメリカ呼んでくるから待ってて」

の声でぼおっとした頭が現実に戻る。そのとき既にパタパタとピンク色のスリッパが扉に吸い込まれに行く姿が映った。音立ててアメリカの元へと向かいに行く。
待って、そう言いたかったが声が喉につっかえて言葉にならなかった。反射的に伸ばした手は宙に浮いたままどうすることも出来ずに戸惑ってしまった。扉はパタリと閉じて僕と彼女を引き離した、壁みたいに。
冷たいタオルが体温で温まり心地よさが低下する。その様子をタオル自身わかっているかのようにぼとりと落ちた。

待って、アメリカの元へなんていかないで。僕を一人にしないで。寂しいんだ、寂しくて寂しくて仕方がないんだ。

言いたかった言葉に含まれるそんな感情に気付ける筈がない。気付いたとしてもそんなものが無かったかのように振る舞うことだろう。苦々しい葉っぱをぎりぎりと噛んですり潰すような気分と例える。そしてそれは緑色の気持ち悪い汁が滴るのだ。
落ちたタオルを拾い、瞼に当ててソファーに身を預けた。泣きなんてしない、そんなにも僕は弱くなんてないんだ。多分、きっと。