雛鳥は親鳥から与えられる餌を啄み、それでも足りなければぴいぴいと鳴いて更に乞う。親鳥はそれを受け懸命に餌を獲るために狩りに出る。雛鳥は催促しながらも自らは動くことなく帰りを待つだけである。小皇帝、そんな言葉がぴったりだ。しかし、一度不運にも巣から落ちてしまえば、飛ぶことが出来ないので惨めに地面に頬を擦り付けることしかすべきことがない。何もすることも叶わず、ただ救いの手が現れて再び自分をそこへ戻してくれる存在を望む。なんと無力で愚かしい。
親鳥は落ちた子を見捨て、残りの雛の要求をえんよえんよと行う、まるで落ちた子など初めからいなかったように。
「本当に無様ある、今のこの国は」
自嘲するように真っ黒な目で笑い、頬杖を付いて吐き捨てた。中国さんと国の親交を深めるために対談をしたときのことであった。世界会議などでは顔を会わせることはよくあったが、これといって親しいわけではなかった。中国さんは男にも関わらず白く陶磁器のように綺麗なその腕を、漆塗りの美しい長机に押し付け、頬杖を付きながらすっかり冷めた烏龍茶を啜った。その動作はあたかも熱が冷めきった自分自身で冷めきった自分の国を取り壊しているようにも見えた。ごくりごくりと彼の喉を通る、濁流がざぶんざぶんと彼の体内を打ちつけているに違いない。その度に彼は目を細くした。
「、お前の国はどうあるか? うまくいっているあるか?」
首を傾げ笑う。その瞳がわたしへと向けられると酷くぞくりとしたものだ。彼の絶対的な自分への誇りと自信、それは下劣なものとは程遠い、とても気品高くで崇高なるもの。年を幾重にも重ね培った、それだ。わたしたちアジアからしてみれば、その態度は目に刺さるくらいに眩く、欧米に対してもの貫かれるその強さに憧れた。
一寸ほど前の彼の姿。
「いえ、まだ独立したばかりで経済が安定しているとはとてもでは無いですが言えません。他国に依存している状態です。経済発展するにつれて様々な問題も生じることでしょう」
白磁のお皿に並ぶ胡麻団子に手を伸ばし一口含んだ。さくりと音を立て引き裂かれる。金色の胡麻粒を舌触りで感ずる。独自の確立した食文化、海外のどこに行っても中華は絶対にある、と前にアメリカが話していた気がする。
「今のところ、あるね」
彼は微笑する。
「ははっ……そうあるか、お前も日本や韓国のようになる日も来るあるかねぇ?」
独り言のように呟いて彼の手も団子の入る皿へと伸びた。先程からずっとこの調子、心はここにあらず、遠く遠く。それを掴んだ指は桃色の唇へと運ばれ、じゃり、じゃりと音を立て噛み砕かれる。そのまま指は抜かれることなく、咥内へと入る。がり、がりと鈍い音がした。
「ちゅ…中国さん指が!」
「ん、ああ、そうあるね」
表情を変えずに引き抜かれたその指は中国さんの唾液でキラキラと光り、そして噛まれたことによって血が滲んでいた。不思議そうにそれについて見入り、赤い赤い血が、まるで赤い金魚が川を下る如く爪の先から手の甲に向かい伝ってゆく。その瞬間はスローモーション、一秒が数十分であるかのようにとても長く感じられた。
ひた、ひた。
落ちる、テーブルに小さな血溜まりが出来る。妙にグロテスクでリアリティに欠ける。
「はは、これは国民の血あるよ、わかるあるか?」
歪んだように口角を上げる、そこには中国さんが今抱えている問題や淀みに疲れきっているようすがひしひしと空気感染する。今にも崩れそうな仮面を、プライドというか細い糸で釣り上げてつなぎ止めている。
そしてそのまま中国さんがいきなり席を立った。本当にいきなりだったので座っていた椅子が倒れた。気にする事もなくそのままよたよたと鈍いペースで廃人のように机を回り対岸にいたわたしの方へと向かってくる。少しずつながら距離が段々と縮まってゆき、一歩わたし側に来るにつれて若干の恐怖のようなものが蝕んだ。ただ怯んだのか竦んだのかわからなかったが動くことが出来なかった。
白い手が伸びる、血が滴る、わたしの顔に影を落とす。
あたかも血をこすりつけるように頬を撫でられた。
「お前は、血の流れる痛みを、無くさないようにな」
泣きそうな目をしたその男は、切なそうな声で言った。