、今日は何の服を着ようか?」

「そうか…、なら今日は動きやすいワンピースでも着て、俺と散歩をしよう」

彼女の視線はどこかぼんやりと遠くを見ているようにもみえて、俺を映していないことぐらいすぐにわかった。それでも一緒にこうして過ごせることがとても幸福に思えた。
クローゼットから今日着るワンピースを選んでやり、そそくさと廊下に出て彼女の着替え終えるのを待つ。華奢な彼女はどんな服でもふわりと着れて似合う、だから服を買い付けることも楽しみなのだ。

「じゃあ椅子に座って」

柔らかい栗色を深くしたような髪、丁寧にすくってとかしてやる。とかすというより、さらさらと髪が櫛から滑ってゆくという表現の方が適切かもしれない。腰までのびるふわふわとしたそれに、優しくキスをした。

「さぁ、支度が出来ました」

片膝を折り、目の前に手を差しのばすと無言でそれを握ってくれた。微笑みかけると目の錯覚であるだろうが微笑み返してくれている気がして。
どこに散歩に行こうか考えた結果、大分前にが家に来たときに好きだと言ってくれた庭の薔薇園に行こうという結論に至った。いつか彼女に見せる日が訪れるだろうと手入れを怠らなかったものだ。こんなときになるとは、ある意味皮肉なものだ。
手を取りゆらりゆらりと彼女は歩く。その歩調に合わせて決して無理をさせないように一緒に歩く。
玄関の目の前まで来た、そこで外の世界に出ることを拒めば今日の散歩はそこで終わる。最近の彼女は外に出ることを拒んでばかりなのですっかりと肌が白くなってしまった。
彼女は玄関で数十秒止まったのち、予め開けておいた扉の先に足をのばした。俺はそれだけでとても嬉しかった。

*

「目を瞑って」

庭先に着く直前、俺はそう言った。大人しく瞼を閉じた彼女は不安なのか手を握る力が少し強くなっていた。大丈夫だよ、唇が動く。そして怯えないようにそっと膝と体を抱え込み持ち上げた。突然体が宙に浮いて驚いたのか俺の首にその手を回し、落ちないようきゅっとにしがみついた。

「ごめんな、少し怖いかも知れないが落とすことはしないから」

出来たばかりの国であるわけではないのに彼女はとても小さい。東洋系は小さいと言われるが、それに女の子という点をプラスしてもそれでもなお小さいだろう。日本や中国からみたらまた見方は変わるだろうが、欧米諸国から見ればまるで等身大の少女の人形のようだ。
そう思ったときに、彼女が震えていた。外の世界が怖いのか、俺が怖いのか。
抱きかかえる腕からはやんわりとした、しかししっかりとした彼女の温かい体温が伝わってきた。俺は思わずぎゅっと抱きしめた。自分のせいで何かに怯える日々を送る幼気な彼女がとても不憫に思えて目頭が熱くなってきた。最近の俺は涙脆いな、目を瞑って貰っていてよかった。
抱えたまま服の袖でごしごしとこぼれそうなそれを拭くと、そのまま沢山の薔薇のアーチを潜り園の中心まで彼女を運んだ。
ゆっくりと芝生の上に腰を下ろし、彼女をもう一度ぎゅっと抱きしめた。

「目を開けていいよ」

赤薔薇の園の中にある、だけのための白薔薇の園。君が初めて家に来たときに花瓶に刺さったそれを見て美しくて好きと言ったから。君が喜ぶ顔が見たくて、二人だけで見れるように、普段人が入らない薔薇園の中心に作った。一から作ってここまでの大きさにするのに本当に長い年月をかけた。
おっかなびっくりに瞼を開いた彼女。彼女の瞳にこの色が映ってくれるのだろうか。

「…………」

無言の彼女。答を出されるのが怖くて、思わず顔が見れないように彼女の肩に顔をうずめた。

「…………っ」

俺の首筋に雨が落ちた。びっくりして顔をあげると、彼女の頬を滴が一つ伝っていた。自分でも驚いた様子で手で口元を覆って、その滴を確かめている。その瞳には、色鮮やかなその薔薇園の葉が、純白の花弁が、映り込んでいた。

「…アー…サー…アーサー、アーサー!!」

子供のように何度も名前を呼び、沢山の綺麗な涙を零す少女。昔のようなきらきらとした目をして、俺を映す。彼女の瞳には俺が、俺の瞳には彼女が。

……!!よかった、よかった」

の頭をくしゃくしゃとしながら、お互いに強く抱きしめあった。
ああ、やっぱり最近涙腺弱いわ。改めてそう思った。