「ねぇねぇロシア、わたしロシアのこと好きだよ。だってロシア優しいもん」
それはロシアの家に招待されて赴いたときのことである。最近ずっと会う人はロシアとばかりだと思うぐらいに遊びに行くところはロシアだった。ロシアはいつも会議でぽつりと一人輪に入れなくなっているわたしを見つけては声をかけてくれ、お茶にさそってくれる。一人ぼっちが嫌いなくせに、口下手で友達がなかなか作れないわたしにとってそれはとても嬉しいものなのである。
前に一度わたしの家に呼んだときには彼の持ってきてくれたウォトカで酔いつぶれてしまって、本当に申し訳無く思っている。
「それは嬉しいな。僕ものこと気に入っているからね」
背が高いロシアはやはり手もとても大きくて、同じティーカップを使っているのにも関わらずそれは幼い子がよく遊ぶおままごと用の物のようだった。そしてジャムを食べる。
「ああ、ウォトカよりロシアンティーの方が好きかもしれない。ウォトカは度数が強すぎて潰れちゃう」
「それにロシアンティーはジャムを食べながらでとっても甘いしね。お代わりいる?」
「あ、うん」
「リトアニア〜、がお代わりだって」
ロシアがそう言った途端に扉が開きリトアニアがティーポケットを持ってわたしのカップに紅茶を注ぐ。彼らバルト三国はロシアのある種支配下であるからこのようにロシアに従わねばらなない。わたしのように非力な国としてみればそんなことが出来るのが実に羨ましい。今こうして非力な小さい国が大国とこうしてお茶をすることもどことなく不思議に思える。
「どうぞ」
「ありがとうリトアニア」
リトアニアは一礼をして部屋をすぐに出て行った。湯気とともにふわりと芳香が漂う、いつもの飲み慣れていた英国製とはまた違う。鼻から大きく息を吸うと、ロシア製のそれを楽しんだ。
「?、どうしたの」
「いや、紅茶もロシア製と英国製で香りとか違うんだなぁ〜って」
ブルーベリージャムを含むと、酸味のある甘酸っぱさが口の中の渋みと溶け合い何ともいえない心地良い中和反応を起こした。ロシアはかたんとティーカップを受け皿に静かに置いた。水面がその振動でなみなみと揺れ動く。
「は英国製の紅茶の方が好きなの?」
その質問に驚いた。
少し俯いて困ったように言うロシアの表情は、前髪に遮られてしまいよくは見えなかった。ただ、どことなく良い顔はしていないだろうということはわかった。
「えっ……いや、そんなことは無いよ別に。ロシア製とっても美味しいよ」
そうは言うが一向にロシアは晴れることがなくて、雰囲気は険しいものであった。
徐に唇が動く。
「英国とじゃなく、これからは僕と遊ぼうよ。僕が守ってあげるから」
「へっ?」
思わず手の力が抜けてしまい、ティーカップは指をするりと抜けて音を立てた。あまりに驚いて落としてしまったのだ。不幸中の幸いに卓上に転がり高そうなそれが割れることだけは避けられた。
綺麗な赤茶の液体が浸食するように瞬く間に広がりその範囲を広めていく。何だかそれは国同士で日々起こっている出来事のように見えた。
瞳を見るととても澄んだ真剣な眼差しをしていて、冗談などではないとは一目でわかった。どうすることも出来ずに固まってしまうが、その間にも染みは広がっていく。
「あっ、ごめんなさい。びっくりして…テーブルクロスが…」
「ああ、それならいいよまた取り替えるから」
「…ぁ……ロシアはアーサーが好きじゃないの?」
「うん、あんまり好きじゃないかな。前に南下しようとしたら阻まれたし」
含みを持たせた笑みを浮かべた気がした、鋭く一瞬。机の端から血が滴るみたいにぽたぽたという落下音が聞こえた。ずっと支配される側だったからわからない、その複雑な国々の事情。
「…がいくら優秀であっても、まだまだ沢山の国としての課題があるでしょう?僕が後ろ盾になってあげる、イギリスとまではいかないけれども資金援助だってしてあげるよ。だから僕の下へおいで、なら召使い扱いもしないし、大切にしてあげる」
それを言うとロシアは一気に自分の紅茶を飲み干した。
目まぐるしいまでの急な事態にわたしの頭の応用力は対応しきれないようだ。一緒懸命に政治・経済の本で読んだ内容を思い出し、どことなく訳せた感じだ。用は属国にならないか、ということ。
「言ったでしょ、君のことお気に入りだって」
いつものような優しげな笑み。何処までが本当で何処までが嘘なのだろうか、いや、全てが彼にとっては本当なのだ。
どう答えればいいかわからない、ロシアのことは好きだけど、恋という感情ではないだろう。周りの、どんな人においても。
「…どう返せば良いかわからないって顔だね。まぁいいさ、楽しいお茶会を続けよう」
そう言ってまたジャムを食べる。
リトアニアが来る頃には、水滴は吸い込まれて染みになっているであろう。