その場を動けずにいた。会議室にいた者一同そろって、そうだった。視界から伝わった刺激は視神経を通じ途中まで興奮となって伝達されていたが、シナプスのどこかでそれらが途切れてしまったのかもしれない。簡単にいえば、事態が咽までは通ったが、食堂で詰まった感じだ。緊張感高まる、表現が可笑しいかもしれないが。
そのとき珍しく日本が立ち上がった。
「かっ…会議を進めましょう」
決して大きな声とはお世辞でも言えないものであったが、まわりが静寂すぎたために妙に通ったように聞こえた。だれしもが辺りの顔を見回し、双方頷き意見に賛同した。単に状況に耐え難かったのかもしれない。
「……わかった。日本の意見に従おう」
イギリスが今この場を去ったところで支障をきたすことは何もない、寧ろ意見対立の要因となる異端分子の頭のようなやつだった故いつもより順調に進む。それがとても悲しい気持ちにさせた。
彼女はというと、俯きながら隣で大人しく座っている。
欠けたところで誰かが代わりに入りその穴を埋めてくれる。もし穴を埋める代わりがいなかったとしても、その穴を全体集合(U)の部分集合の輪から外してしてしまえば、何も変わらないそれが続いている。
「議題は先程述べたように彼女の独立についてだ」
淡々と、ただただ、淡々と。重苦しい空気の中を推し進めることぐらいしかない。こんなことになるならば、彼女の独立など考えなければよかったのでは。その思いが宙に浮かび、はっと頭を振ってかき消した。彼女のヒーローになってあげよう、そう誓ったではないか。身勝手な考えがよぎったことを申し訳無く思った。
「…このような仮定より、彼女が独立することは大きな意味があると考えられる」
*
独立の案は全て述べ終えたときには、ほっとしたため息が自然と口から漏れた。各国の印象を伺う限りでは手応えはあった。あとは次の会議のときに、これが可決されれば。
カタン、椅子がずれる。
彼女が立ち上がって、椅子の背を引いていた。すいません、御手洗い行ってきます。ぼそっと多分周りには聞こえないように呟
く。そろそろっと扉を超えて言った。多分居辛かったのだろう、君についての会議は今日はもう終えた。少し休息していればいい。安堵が顔に出てしまい、きっとやんわりと微笑んでいた。
イギリスが気色悪い笑みを浮かべるなと言ってくるだろうとはっとして口角を下げたが、いつも隣に座っているはずのあいつの席は空だった。彼がいないと、罵声も何もありはしなかったのだ。改めてそう思った。
たった一人分の席が空いただけなのに、何処からか広がる虚しさがいつの間にか心を蝕んでいた。
あのときの彼の表情は独立戦争を思い出す。(――ああ、嫌なことを思い出してしまった。)