僕は真っ白な世界の上に存在していた。そこはただただ真っ白な場所で、三次元も何もない白の世界。
不思議に思ってそこをぐにゃぐにゃと歩いてみると―――すべて真っ白だから進んでいるのすらわからないが――一遙か彼方先に胡麻粒みたいな点が視界にはいった。目を凝らして見ると、砂嵐にモザイクをかけたような物の小さな立方体が、画面上に浮かび上がる蠅のように群がって蠢いている。それは這うように、掻き乱すように、ざわざわと不協和音を立て動き回る。そのうちに段々とそれは大きく広がっていき近付いてくる。
茫然とそれを眺めていたが、逃げなくてはいけないという本能的な衝動に駆られた。急いで走り出すがそれの方が全然速度が早くてあっという間に僕を呑み込み囲う。
怖くなって目を瞑るとそいつの羽音が聞こえなくなってきて、恐る恐る右目だけうっすらと開くと、そいつは僕ぐらいある大きな大きな二つの眼球になっていた。じろりとそいつは僕を見やる。びっくりして尻餅をついてしまった。怖くて怖くて再び逃げようとすると、眼球の一つが弾けるように広がり、あの立方体の群れが僕を捕らえた。狂いたくなるぐらいの雑音が耳殻から耳外道を通り鼓膜を突き破らんという勢いで入り込んでくる。
聴神経を蝕むように。

「お前は一人だ、これから先ずっと。この地に生まれ縛られるお前の宿命」

脳内に響く。はっとしてその世界に気付くとその白は雪だった。止むことのない深い深い雪。気がつけばそこに目玉など無く、あったのは両手に抱きしめたウォトカや食材の入った市場の紙袋だった。
ああ、またあの夢を見たのか、幼い頃からずっとずっと繰り返し流れ出すあの夢。今でも怯え続けているあの夢。
白昼夢に浸っていたせいか指先がとても冷たくなっていたことに気付いた。抱き抱えたそれを落とさないように自分の手を口元に持っていき吐息をかけた。白い煙が口からもわもわとでる。
ざっくざっく雪を踏み締めながら帰路を進む。
もうそろそろ冬将軍も去る頃だ。ちゃんを誘って、一緒にロシアンティーでも飲もう。
まだ世界を知らぬ無知な彼女は、僕と対等に話してくれる。精一杯の家族ごっこ、彼女にも一員になって欲しいと思っていたんだ。リトアニアにラトビアにエストニア、ちゃんに僕。ほら、そうなれば僕は一人なんかじゃない。
だから孤独なんて言葉を、僕は知らない。