自我が消えてしまうことがとてもこわい、それは頭の中でそれがなることを理解など出来ないからだ。原子集まり分子を成してその分子が細胞となりその細胞が群をなし臓器になり皮膚になりわたしとなる。
一番の親友の友達と、それこそ二人で一人と思いこんでいるような方々が一生会えくなるとなれば大きな声と嗚咽を使い泣くだろう。それは頭の中のどこかでそうなることを理解しきれていないからに違いない。―――――これに似ている。
そんな頭に浮かんだことが、汗と水と一緒に入り混じり排水口へと流れていく。太陽が少し照りついてきたこの季節、体温と同じかそれよりも低い生温いシャワーが酷く気持ちがいい。日焼け止めのべたつきも、汗が酸化したあの独特の気持ち悪い感触もその時だけは感じなくてすむ。外に出て体を動かすことは好きなのだが、動かしたあとが酷く嫌いだ。ただ動いた後のシャワーは好きだ。それは清々しい石鹸の香りがするから。
蛇口を捻り勢いよく出る水の呼吸を殺した。その瞬間今までびしゃびしゃと常にあった足元のタイルの汚水が、蛇が這うみたいに消えた。タオルを纏い脱衣場に出ると、水分を含んだ肌が冷えて涼しかった。
ショーツにTシャツ、ストレッチのきいた短いパンツ、なんともアーサーが嫌いそうな恰好をした。(アメリカみたいだから止めろ、ってね。)ただここはアメリカなのだからそれは不可抗力だろう。

、シャワーから出たかい? 部屋に入ってもいい?」

「ええ」

入ってきたその人物は、わたしと同じようにラフな格好をした男だった。赤いハーフパンツに白いロゴの入ったTシャツ。これは世界でも似合うのはアメリカぐらいではないのか、そう思うと笑みが零れた。

「?、 何かおかしいのかい?」

急に笑われたのが不安だったのだろうアメリカの眉毛が中央に情けなく寄った。図体は大きなくせに中身はまだまだ子供であって、考え方もどこか稚拙で楽天的なところもしばしばある。しかしそれでも許せてしまうのは彼の愛らしさ故だろう。

「いや、可愛いなぁと思って」

「What's?! 僕は可愛いじゃなくてかっこいいの方が適切だろ」

大袈裟な身振り手振りで狼狽える。その姿がまた可愛く思えて仕方ない。アーサーや中国さんとまではいかなくてもわたしもそこそこの年はある、だからアメリカとは結構な年が離れているわけであって、どうしても幼い者を見るような目で見てしまう。

「ヒーローは“かっこいい”だもんね」

「そうさ、だから僕はかっこいいのさ」

「はいはい、いつも頼りにしていますよ――」

頭の上にぷすぷすという擬音語をつけるのが適切じゃないかというような顔をしている、それを見てまた笑ってしまった。
不機嫌なふりをしたアメリカは適当にわたしの部屋(―――独立するまで借りていた広い部屋をそう呼んだ)の白いソファーにどかっと音が出るくらい豪快に座り、わたしは彼の対角線上の窓へ走りそれをこじ開けると、風がびゅおっと勢いよく入り込んできた。眼下の、そう本当にすぐ側には青々とした芝生が一面に敷き詰められていた。絶え間なく注ぐ太陽に照らされたそれは、きらきらと反射して若さや成長を表しているようであった。

「こら、シャワー浴びた後なんだから風邪引くぞ」

そんな忠告をわざと鼻で笑い、無視して風に当たる。水分を含んで重くなった髪の毛が舞い上がり弄ばれ、戯れ、靡く。とてもそれは気持ちいいと思う。猫が微睡むみたいに無意識に目を細め、そして瞑った。遠方からのちろちろという鳥の小さな鳴き声も鼓膜内に拾われる。うとうととしてしまいそうなくらいに心地よく、気を解す。

「………ぃ」

囀りとは言い難い。人、の声だろうか。耳に届く。

「……〜い」

それはアメリカの声では無く、もっと落ち着いているトーン。ただ遠くから呼んでいるようで。段々と大きくなるそれ。近づいて来ている。

「お〜い!!」

今度はすぐそばから聞こえた。聞き覚えがある声だ。

「やぁ、